混乱

昨年、新聞のテレビ欄でテレビ朝日の「世界の車窓から」に最終回のマークが出て、ネット上で大騒ぎとなった。

これは、一部の地域で北海道の様だ。北海道で車窓からのファンだった人には、本当に残念な出来事だと言えるだろう。

ただ、全国的にも土日の放送が無くなり、平日のみとなった。

特に土曜日の夜に見る車窓からは、明日も休みという安心感があって最高だった。

たまたまチャンネルがその時間帯にテレビ朝日じゃなかったら、意識してみることもなかったのだが、ないと寂しくなる。
そういう番組だ。

何だかホッとする雰囲気があの番組にはある。まるでNHKの番組の様だ。

既に27年位続いている長寿番組。わずか5分(以前は6分だった)の短い中に、素晴らしい夢を与えてくれる良番組だ。

番組と番組の間をつなぐ役目以上のものを持っている。

いや、むしろ番組と番組の間をつなぐからこそ、あのゆったり感が出せるのかもしれない。せわしなくなくて良い。

タイロンウッズの日本語

初めて覚えた日本語は「ミズ、クダサイ」。日本にいる年数が長くなるにつれて日本語も上達してきて、報道陣に会うと「う~す」と挨拶したり、「日本語に直すと私の名前は森ね、筋肉モリモリよ」と冗談を言ったり、ヒーローインタビューで「ソウデスネェ、アノー・・・」と日本語で答えようとすることがあった。

何ともお茶目で、楽しい選手だった。

今はほぼリタイア状態の様だが、またプロ野球選手として活躍したい希望があり、特に古巣の中日からオファーがあれば良い方向で検討したいらしい。

エアパシ

フィジー・エアウェイズの設立は、オーストラリアの飛行家でフィジーのヤシ農園主だったハロルド・ガッティの手によるものだったらしい。

ドローバーなどの小型機を使用して、ナウソリ空港を拠点にバヌアレブ島、タベウニ島間の定期便を開始したそうだ。

そう聞くと、物凄く手作り感がある。

1958年にはカンタス航空と合併。

1960年頃から、ニュージーランド航空・英国海外航空・フィジー政府・トンガ政府などが株主になるが、1978年までにフィジー政府が筆頭株主となった。1972年に、「エア・パシフィック航空」に社名変更した様だ。