宇佐美貴史の活躍

2010年、開幕当初は前年同様なかなか出場機会を得られなかったが、主力選手にケガ人が続出したことで、この年初めてスタメンで起用された4月10日のJ1第6節大宮戦では、平井将生の同点ゴールをアシストするなど、プロ入り初のフル出場で開幕から5試合連続未勝利が続いていたチームのリーグ戦初勝利に貢献。4月24日、J1第8節FC東京戦でリーグ戦初得点を挙げ、ACLグループリーグ第5節の水原三星戦では、ロスタイムに決勝点を挙げチームの逆転勝利に貢献している。

まだ21歳と若い宇佐美選手。今後が期待できる。

 

トリビアえもん

ドラえもんのトリビアとして。

ドラえもんの「えもん」だけ平仮名なのはドラえもんがカタカナをよく知らなかったから
ドラえもんはサインを求められ(ここで言うサインとは芸能人 とかがやるものではなく、配達物を受け取る時などにするサインのこと)、自分の名前をカタカナで書こうとしたのですが、「ドラ」までは書けたものの、「え もん」がどうしても思い出せず、やむを得なくえもんは平仮名で書いてしまったのです。
それ以降、ドラえもんの名義にはドラがカタカナでえもんは平仮名が使われるようになってしまったのです。

ちなみに今、PCで「ドラえもん」と打ったら一発でこの変換になりました。キーボードの変換もどんどん進化している・・・・

大正九年という年

初詣では、日本一の参拝者となる明治神宮が創建されたのがこの年です。
現在も人気の【箱根駅伝】が始まったのがこの年2月です。

大正6年の「東海道駅伝徒歩競走」が行われたのをきっかけに、各大学に参加を呼びかけ、早大・慶大・明大・東京高師(現筑波大)の四校が参加し、第一回大会は「四大校駅伝競走」と称されました。

5月1日に日本最初のメーデーが横浜公園で開催され、翌日には上野公園でも開催されますが、当時は「労働祭」と言ったそうです。

この年【婦人之友】という雑誌が女中に変わる言葉を募集して選ばれたのが【お手伝い】です。
今もこの【お手伝い】という言葉が浸透していますが、この頃から女性が働くことも増えてきたそうです。

色々あったんですね。

在野

学術部門における在野は、大学の教員に対して民間の研究者の事を指す(いわゆる「在野学者」や「在野の研究者」とも言う)。大学の教員の人口に対して在野の研究者の人口は多く、大学の教員と在野の研究者との協力によって発展してきた学問も少なくない(考古学、天文学など)。日本の民俗学においては、大学の教員と在野の研究者のあいだでの差別は他の分野よりも少ない(考古学などが在野の研究者をあくまでも「素人」とみなすのに対し、民俗学では在野の研究者を大学の教員という職業研究者などと区別なく同等に扱うことが少なくない)。

大学の教員と在野の研究者の差異は、大学の教員が大学から給料をもらって研究しているのに対し、在野の研究者は大学に所属していないため自費で研究をしている点が挙げられる。大学の教員ではない在野の研究者の中にも、実力的には大学の教員と同等の者も少なくなく、大学の教員や大学院生らにおける徒弟制のような上下関係も在野の研究者においてはあまりない。たとえば、市役所など公務員として勤務しながら研究を行う在野の研究者も少なくない。

シドニー・チャップマン

シドニーチャップマンをご存じだろうか。

彼はマンチェスターに生まれ、サルフォード大学、マンチェスター大学、ケンブリッジ大学で学んだ。

1910年からグリニッジ天文台の助手に採用され、地磁気のに対する太陽と月の影響を研究し、1913年にスミス賞を受賞した。1919年にマンチェスター大学の教授となり1924年にロンドンのインペリアル・カレッジの数学の教授となった。1946年から1953年までオックスフォード大学の教授を務めた。

彼の功績を称えて、小惑星(2409)チャップマンが彼の名を取り命名されている。

これは結構凄い事だと思う。